「成年後見制度」について書いてみた! その2

私の信条

成年後見制度とは認知症などにより判断能力が低下した本人に代わって、法律上認められた代理人(成年後見人)がその人の権利と財産を守る仕組みである。

前回、本制度の概略を示した。さまざまなご意見をいただいたが、そのなかには、「昔は成年後見制度などなくても福祉サービスがごく普通に使えたじゃないか!」という声があった。そもそも成年後見制度はなぜあるのか、なぜできたのかという説明が前回の拙稿に欠けていた。そこで今回は制度が成立した歴史的な経緯を概要的に説明した後、本制度の注目に値する特徴を示していきたい。

〔1999年まで「措置制度」だった〕

なぜ成年後見制度ができたのか。この制度以前はどうしていたのか。まずは制度成立の背景をみていきたい。それには公的福祉サービスの変化を確認する必要がある。

成年後見制度ができたのは、2000年(平成12年)であるが、1999年までは福祉サービスは「措置制度」といって行政が行政処分(措置)として一方的に国民にサービスをあつらえる仕組みであった。たとえば、当時、障害者をもった人が在宅生活でホームヘルパーが必要になった場合、自治体が行政処分として、ヘルパーの手配を行っていた。

公的な福祉サービスが行政によって平等な形式で供給されるというのは、効率的であり、国民としてもわかりやすい仕組みであった。しかし、措置制度は極端に自由度が低かったのである。というのも自由契約ではないため、利用者の希望があまり反映されなかった。選択の余地もなかったので、自分が利用したいヘルパー事業所や施設を選ぶことも制限された。行政からの恩恵的なサービス提供が殊更強調され、権利としての福祉サービスという意識が養われにくく、福祉制度への建設的な批判ができない状況であった。

〔社会福祉基礎構造改革〕

1990年代初頭から社会福祉のサービスを契約方式に改めようという社会福祉基礎構造改革の議論が現れ、本格化した。また世間の高齢者介護に係る意識の高まりもあり、構造改革の議論が具現化された介護保険法が成立。福祉サービスは、「措置から契約へ」と方向転換が図られた。

〔措置から契約へ〕

2000年になり、高齢者福祉の分野では介護保険法の施行により、契約による福祉サービスが現実のものとなった(障害者福祉では2003年に支援費制度という契約方式が実施された)。これは非常に画期的なことであった。自分で好きな福祉サービスを選択できる。使いたいヘルパー事業所、ケアマネジャーと自由に契約できる。福祉サービスを利用する市民は、契約の当事者として行政の顔色をうかがわなくても自身の権利を主張できるようになったのである。

〔成年後見制度の誕生〕

しかしながら大きな問題が生じた。判断能力のない人、判断能力が不十分な人はどのように契約行為を行うのか。判断能力が低下している認知症の人が果たして自分に適切なサービスを選択することができるだろうか。判断能力に問題のある知的障害の人が契約書の文面を理解できるのか。さらにいうと、判断能力が衰えている者との契約行為は、法律上は無効である。

そこで判断能力が低下している人に代わって、成年後見人が契約行為を行う、成年後見制度が成立したのである。

民法の改正により2000年に誕生した成年後見制度は、介護保険法の施行と同時だったということもあり、両者は「車の両輪」と当時いわれていた。

※介護保険制度の利用者数は約474万人(2018年度)であるが、成年後見制度の利用者数は、およそ21万人(2018年度)。両輪とはいい難い状況である。

※判断能力が低下して成年後見人が選任された人のことを「被後見人」という。以下、この小論では「被後見人」ならびに「本人」という言い方をしていきたい。

〔未成年後見との関係〕

ところで、なぜ「成年」後見制度であるのだろうか。それは「未成年」後見という制度が存在しているからである。

未成年者は通常、その親権者が法定代理人である。しかし、親権者が亡くなっている、なんらかの事情により親権者としての役割が果たせない場合、未成年後見人が選任される。かつて、オウム真理教事件の麻原彰晃の四女の未成年後見人をジャーナリストの江川紹子氏が務めるということがあった。つまり、養育に欠く子どもを保護するための制度として未成年後見制度はある。

〔禁治産制度の廃止〕

成年後見制度以前に民法には「禁治産制度」が存在していた。判断能力に欠け、家庭裁判所から宣告を受けた者は、「禁治産者」、「準禁治産者」として、やはり後見人等が選任され彼らを保護することとなっていた。

しかし、禁治産制度は、本人のための制度というよりも相続人の財産が散逸しないように本人に対してさまざまな法的な制限を設ける側面があった。たとえば、判断能力とは関係なく、浪費傾向のある人にも禁治産制度は適用された。また禁治産宣告を受けたことは戸籍にも記載されるようになる。禁治産制度は判断能力の衰えた人の保護とはいい難く、国際的な社会福祉の潮流にもそぐわないものであった。それゆえ、成年後見制度の成立と同時に禁治産制度は廃止された。

〔成年後見制度の理念〕

禁治産制度の反省をふまえ、成年後見制度では国際的な社会福祉の理念を導入し、利用者本位の姿勢を打ち立てようとした。以下が成年後見制度の理念である。

①本人の保護

②自己決定の尊重

③ノーマライゼーション

あくまでも本人のための制度であるということで民法第858条には「被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない」という一文があり、身上保護(身上配慮)の義務といわれる。

後見人は被後見人の財産管理の義務とともに身上保護の義務が課される。加えて、それは本人意思を尊重しつつ、遂行しなければならないのである。

判断能力の低下の可否に関しては、医師の診断書や鑑定書が根拠となり、単なる浪費者ということでは成年後見制度を利用できない。戸籍には被後見人であると記載されず、本人のプライバシーを守りながら制度を利用しやすくするために法務局が被後見人の情報を一括管理する(後見登記制度)。

〔後見・保佐・補助〕

成年後見制度は判断能力の程度に従って「後見」・「保佐」・「補助」の3類型に分かれている。このことは制度上の中核を占めるがなかなかわかりづらい部分である。判断能力の程度とは、以下の通りである(家庭裁判所のパンフレットより)。

後見=判断能力が欠けているのが通常の状態

保佐=判断能力が著しく不十分

補助=判断能力が不十分

意味するところは、判断能力の衰えの度合いが、「後見=重度」・「保佐=中度」・「補助=軽度」ということである。3類型について、それぞれ後見人、保佐人、補助人という言い方をする。

判断能力に応じて類型を分けた理由は、本人意思の尊重の意味合いが大きい。というのも、保佐、補助の類型には本人意思を丁寧に関与させていく過程が盛り込まれているからだ。たとえば、補助の類型を利用するには、本人の利用意思が必ず必要である。以下で詳しく見ていこう。

後見類型では、後見人に包括的な代理権が付与される。つまり、被後見人の完全なる代理人として本人に係るすべての法律行為を後見人ができるようになる。一見すると本人がしっかりと守られているかのようであるが、本人意思を確認せずに後見人がすべての事務を行ってしまう危険性がある。全面的な代理権というのは逆に被後見人の権利をはく奪しているという批判がある。

保佐・補助に関して、代理権の範囲が本人との話し合いによって決められる。家庭裁判所で代理行為目録という用紙が用意されており、ここから本人が保佐人・補助人に代理してもらいたい項目を選ぶことになる。

先日、とある精神障害者の保佐人の選任手続きの準備があった。保佐人の候補者である司法書士と精神疾患を患う本人が代理行為目録を作成する現場に私自身も立ち会った。「生活費をおろすこととかの銀行の手続きは自分でやりますか?」

「それは自分でできます。税金や年金のことはぜんぜんわからないので先生、お願いします」

チェックシートのような代理行為目録を手にして以上のような話し合いが展開された。類型が細分化されていることで類型に応じた本人意思の決定を支援できるのである。

〔任意後見制度〕

いままで述べてきたのは民法上の「法定後見制度」である。2000年にはこのほかにも「任意後見制度」が創設された。これは前もって自分の後見人を指定しておくことができる制度だ。民法ではなく「任意後見契約に関する法律」という特別法で規定されている。

自分が将来的に認知症になってしまうときに備えて、後見人となる人物をあらかじめ指定するのが主眼である。そのために公証役場で任意後見契約を締結する。自分が元気なうちに将来的な後見人の担い手とともに任意後見契約を締結し、公正証書とするのである。この契約は本人が元気な間は眠っているが、認知症など判断能力が低下したときには効力を発揮し、指定しておいた後見人(任意後見人)が本人の支援を行う。

〔そのほか重要な変更点〕

成年後見制度は使い勝手や本人保護の観点から従来になかったさまざまな改正点が盛り込まれた。

①担い手

後見人は複数でもかまわない(複数後見)。問題を抱えた被後見人に対して家庭裁判所から複数後見が審判されることがある。以前、私が担当した認知症高齢者の虐待ケースでは、事件や訴訟の対応に弁護士、福祉的支援に社会福祉士と2人の後見人が選任された。また知的障害者のケースでは、本人の母親と司法書士の2人が選任され、生活面と経済面で役割分担しながら本人の支援にあたっていた。

さらに後見人は、自然人ではなく法人で可能である。たとえば、若い知的障害者で長期にわたる支援が必要な人には法人のほうがよいであろう。また多くの問題を抱え、個人が成年後見人を引き受けうるのが危険な場合は、やはり法人のほうがよい。

②身寄りがない人への対応

成年後見制度を利用する場合は、親族の関わりが非常に重要である。というのも制度の申し込みができるのは、四親等以内の親族であるからだ。親族が制度利用のために「成年後見等開始の審判の申立」(後見申立)を家庭裁判所にするのである。

とはいえ、四親等以内の親族がいない人はどうするのであろうか。また親族がいたとしても後見申立の事務をやってくれるとは限らない。そのような人はだれが家庭裁判所に後見申立を行うのであろうか。

こういった場合、自治体の首長が後見申立することが可能になっている。身寄りがない、協力してくれる親族が不在である、そのようなときでも支援機関につながれば、首長による申立(首長申立)で成年後見制度を利用して、支援を受けることができる。ちなみに私の暮らす自治体、東京都江東区での2018年度の首長申立の件数は、74件である。

〔さいごに〕

福祉サービスが契約で成り立っている以上、成年後見制度は現在の福祉サービスの根幹にかかわる。この小論を一読いただいて、「アレッ!じゃあこの場合はどうするの?!」という疑問がわいた方もいるかもしれない。制度の細かい部分を言い尽くしてはいないので何か不明な点があったときは近所の地域包括支援センターや成年後見制度の推進機関にぜひ問い合わせてほしい。

前述のとおり、本制度の利用や認知度はイマイチである。それゆえ、2017年に成年後見制度利用促進法も制定された。

後見人の選任に伴って、さまざまな社会的地位がはく奪されてしまう欠格条項の廃止の法整備も行われた。法の施行から20年が経過しようとしているが、われわれの生活に活かすためのさらなる実践研究が望まれる。